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2006年6月29日 (木)

ドイツは燃え上がる (6/24)

6月24日(土)

ドイツ 2対0 スウェーデン (ミュンヘン)

★ドイツ全土で気合い
 前日の23日に、フランクフルト市内のスポーツクラブ見学に行った。案内をしてくれたクラブのトレーナーが「いつ日本に帰るのか」と聞くので「ドイツが優勝するのを見届けてから」と、お世辞のつもりで答えたら「明日からドイツ中が燃え上がるぞ」と張り切っていた。
 翌日、ミュンヘンでドイツはスウェーデンと対戦。ラウンド16(決勝トーナメント)の1回戦である。
 ドイツは本当に燃え上がっていた。
 試合の前のメンバー発表で、選手の名前がアナウンスされるたびに、スタジアムの大半を埋めたドイツのサポーターが、こぶしを振り上げて、いっしょに名前を叫ぶ。おそらく、全国400ヵ所に設けられたというパブリック・ビューイングの会場で、同じようにサポーターが気合いを入れたに違いない。
 選手たちも気合いが入っていた。
 ドイツのサッカーの最大の特徴は、チームの団結である。チームとしての結束が強くなり「勝つ意思」が強固になっていくようすが、見た目にもわかる。「ゲルマン魂」というような言葉を安易には使いたくない。しかし、ドイツが過去のワールドカップで好成績を残してきたのは、実力を最大限に発揮するための精神的な強さがあったことは確かである。
 その「チームの精神的結束」が、戻ってきている。
 
★多彩なスピード攻撃
 試合は前半14分までにドイツが2点を先行して、簡単に勝負がついた。得点はともに、前線2人のコンビによる速攻で、どちらもクローゼがお膳立てし、ポドルスキが決めた。スウェーデンは34分にディフェンダーのルチッチが、2枚目のイエローカードで退場になり、後半7分のPKをラーションがはずして、勝機はなかった。 
 ドイツは、試合を重ねるごとに、よくなっている。今回のチームの特徴は、得意のスピード攻撃の組み立てが多彩なことである。この日は前線の2人のコンビによるすばやい攻めがゴールを生んだ。この2人はドリブルによる攻めもいい。
 中盤はバラックだけが頼りのように見えていたが、この日は、フリンクスの労働量の多さがバラックをフリーにし、またシュナイダーからもいいパスが出た。
 両サイドの中盤とディフェンダーのコンビによる攻め上がりも武器である。グループ・リーグのときは、右サイドのフリードリッヒとシュナイダーのコンビが目立ったが、この日は左のラームとシュバインシュタイガーのコンビからの攻めもあった。
 このような多彩な攻撃のスピードと正確さのバランスに磨きがかかってきている。
 はやばやと2点取りながら、追加点がなかったが、これは不安材料ではない。早い段階で点を取りすぎたチームは優勝できない。それが、これまでのワールドカップの例である。
 
★クリンスマン監督への評価
 ドイツが勝ち進むにつれて、クリンスマン監督への評価は、うなぎ登りである。
 大会前には批判が多かったということだが、開幕試合に勝ってからは、地元のマスコミの姿勢が、がらりと変わった。
 批判が多かったのは、この2年ほど、主要な国際試合で勝てなったためである。しかし、クリンスマンにとっては、ワールドカップで勝つことが目的で、その前の強化試合の勝敗は問題ではなかっただろう。ワールドカップ開催国として予選がなかったのだから、この2年間は、勝負よりも強化が大切だった。
 批判の材料になったのは、米国のカリフォルニアに移り住んでいて、監督を引き受けたあとも住居を移さなかったことである。「米国に住んでいては、選手とのコミュニケーションがとれない」ということだった。
 また米国の体力トレーニングやメンタル・トレーニングのやり方を取り入れていることについて「ドイツの方法が世界的に高く評価されているのに、米国のまねをすることはない」といったたぐいの批判もあったという。
 スポーツ・トレーニングの理論と実際について、ドイツにはすぐれた伝統がある。しかし、だからといって、他のやり方を取り入れるのが、よくないとはいえない。
 クリンスマンが、実際にどういうやり方をして、それがどういう結果をもたらしたかについては、大会後に検討しなければならない課題だろう。

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2006年6月26日 (月)

日本の敗退を考える(6/22)

6月22日(木)

日本 1対4 ブラジル (ドルトムント)

★楽観的な日本人
 「勝てるだろうかね」。ドルトムントに集まった日本の人たちが、こんな会話をしているのを聞いて、暗い気持ちになった。日本代表のワールドカップは、事実上はオーストラリアに敗れた時点で終わっている。第1戦がすべてだった。この人たちは、この現実を認識した上で、日本対ブラジルの試合で最後のエールを送ろうと来ているのだろうか。表情からは、そうは見えなった。日本が勝つ可能性を現実的なものと楽観的に見ているように見えた。
 テレビは視聴率が下がらないように「勝てる、勝てる」とあおるほかはない。多くの視聴者が、それに影響されて日本のサッカーのレベルを客観的に見ることができないのではないか、と思った。

★冷酷な現実的予想
 ブラジルは、優勝をめざして、少しずつ調子をあげてきている。日本がベスト16に残る希望をつなぐために2点差以上をつけて勝つ可能性は、ほとんどない。海岸の砂浜の中からダイヤモンドを見つけることを期待するようなものである。
 ただ、ブラジルはベスト16進出が決定済みである。また優勝をめざして、まだ仕上がりの途上である。もし日本が最上のコンディションであれば、ある程度の戦いはできるかもしれない。しかし、日本の選手たちは酷暑の中の2試合で疲れ果てている。引き分けを望むのも難しい。ぼくは、そう現実的に考えてドルトムントに来た。
 
★点差はレベルの差
 前半、日本代表は、よく頑張った。守りの中心の宮本が2枚のイエローカード累積で出場停止だったが、ゴールキーパー川口が大当たりで持ちこたえた。中盤では、この日は中田英寿がよく動いていた。そして33分に玉田が先制点を挙げた。ここまでは、ぼくの考えていた以上だった。
 しかし先制もつかの間、前半のロスタイムに同点とされ、後半はブラジルの個人技にいいように、あしらわれて3点を取られた。
 4対1の点差は、疲労や不運のためではなく、両国のサッカー全体のレベル差の反映である。
 中村俊輔や中田英寿の判断力やパスの能力は、ワールドカップのなかでも光っている。個人的にはすぐれた選手がいる。チームとしての組織力も悪くない。しかし、サッカー界全体の厚みが、優勝を争う国とは格段に違う。
 日本の再出発は、そこをしっかり見つめることから始めなければならない。

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2006年6月23日 (金)

ドイツのサッカーの底力(6/20)

6月20日(火)

ドイツ 3対0 エクアドル (ベルリン)

★仕上がってきたドイツ
 ベルリンへドイツ対エクアドルの試合を見に行った。6月20日、グループリーグの最終戦である。両チームとも、ベスト16進出は、すでに決まっている。それでも、地元の大衆はゴールのたびに熱狂していた。
 ドイツ代表チームは試合ごとに仕上がってきている。チームとしてまとまり、守備は組織的で、安定してきている。気迫あふれるきびしい攻守である。つまり、もともとのドイツ・サッカーの底力が戻ってきている。
 第1戦は、太ももの故障で大事をとった主将のバラックが、第2戦に続いて、この日も先発、フル出場した。前半は、攻撃の起点になるパスを、主としてフリンクスが出したが、フリンクスのできはよくない。状況判断が遅く、パスが不正確である。バラックがいないと、攻めを組み立てられそうにないところが、ドイツの弱点ではないかと思った。
 
★サッカー文化の奥深さ
 ぼくが本拠地にしているフランクフルトを午前8時過ぎに出た。列車で片道4時間、正午過ぎにベルリンに着く。試合開始までに時間があったので、駅前近くの「アディダス・フットボール・ワールド」とパブリック・ビューイング会場の「ファン・フェスタ」を見た。全国一だと自慢していたフランクフルト以上の規模である。
 「アディダス・フットボール・ワールド」のなかに、庶民のアパートの模型のようなものが作ってあった。ベランダにドイツの旗が出ている。おかみさんの人形が外を見ている。表ではおやじさんと子どもがサッカーを見ている。そういう想定の作りである。場内にミニ・サッカー場が、いくつも作ってあって、ここでは人形でなく、若者や子どもたちがゲームを楽しんでいる。ワールドクラスのプロのサッカーが、大衆の生活に結びついているものだという考えが、こういう商業宣伝の施設にも出ていて興味深かった。

Akashi_book_1★明石真和さんの著書  
 こういう、奥の深いドイツのサッカー文化の背景をしるために、ぜひ読んでもらいたい本がある。「ビバ!サッカー研究会」仲間の明石真和さんが書いた「栄光のドイツサッカー物語」である。
  明石さんは、駿河台大学教授でドイツ文学とドイツ語の先生である。そしてサッカー狂である。ドイツの文献を原書で読みこなす。「キッカー」などドイツの新聞も定期購読している。さらに毎年ドイツに出かけ、ネッツアーやベッケンバウアーなどに直接話をきいている。表面だけのブンデス・リーガの知識を振り回したり、数年のドイツ留学の経験にものをいわせているのとは、ものが違う。だから著書の「栄光のドイツサッカー物語」は、最近のサッカーの出版にはあまりない、奥の深い本である。
 ドイツに来ている日本のサポーターのなかに、釜本、杉山を知らない若者がいることに、ぼくは驚いている。一方、ドイツの子どもたちは、みな1954年のワールドカップで優勝したドイツの主将、フリッツ・ヴァルターを知っている。そこにサッカー文化の厚みの違いが表われている。明石さんの本を読んで、そんなことを考えながら、フランクフルトに着いたのは、午前3時だった。

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2006年6月22日 (木)

「決定力不足」を考える(6/18)

6月18日(日)

日本 0対0 クロアチア (ニュルンベルク)

★柳沢の逸機への批判
 日本はクロアチアと引き分けた。日本が優勢だったのに無得点に終わったので、また日本のマスコミは「決定力不足」を批判するのだろうな、とドイツにいて想像した。
 後半のはじめに柳沢が絶好のチャンスにシュートをはずした。柳沢に対する批判が、サポーターのブログや書き込みにあふれるのではないかと、これも想像した。
 この場面は、高原が中盤に下がって受けたボールを、右から攻めあがった加地に出し、加地がゴール前に通したのに柳沢が走りこんだが、シュートが右にはずれたものである。
 ボールをつないだ速攻がいい形を作ったので、見ていて「これを決めてくれなければ」という気持ちになるのは無理もない。
 しかし、こういう場面でのシュートは、なかなか決まらないものである。高速でくるボールに点で合わせるのは、見た目以上に難しい。相手を付けないでやるシュート練習でも、なかなか決まらない。そういう経験をした人は多いと思う。
 
★選手は全力で戦った
 むかしの草サッカーのような練習とワールドカップの試合を、同じレベルで話すな、と言われるかもしれない。だが、ワールドカップのレベルでは、相手の守りも高度だし、ボールのスピードもはやい。難しいのは草サッカー以上である。
 ニュルンベルクのスタジアムで、ぼくの後ろの席にいた日本のサポーターが叫び続けで応援していた。その熱意はいいのだが、叫ぶ言葉が選手への非難である。「バカ! なんで走らないんだ!」「バカ! ちゃんとシュートしろ!」という調子だ。聞いていて、だんだん不愉快になってきた。「他人をバカ呼ばわりするなら、自分で蹴ってみな」と言いたくなる。
 ぼくだって、柳沢に決めて欲しかった。
 しかし、選手たちは2試合連続の暑さのなかで、全力を尽くして戦っている。そのすざまじい頑張りは、スタンドで見ていると、ひしひしと伝わってくる。選手を批判する気にはとてもなれない。そういう選手たちの気持ちを直接感じられないようなら、ドイツまで応援に来る必要はないと思った。
 
★他の国の選手はどうか
 「でも、ほかの国の選手は、ちゃんと決めているからなあ」という嘆きも聞こえてくる。
 確かに、ワールドカップには、すばらしいシュートがたくさんある。それは、くり返しくり返しテレビに映し出される。だから、ますますワールドカップには、みごとなシュートがあふれている印象になる。
 でも、他の国のチームにも、シュートの失敗はたくさんある。ゴールキーパーと1対1になりながらもたついたり、ゴール正面からのフリーキックが大きくバーを越す場面も少なくない。ただ、他の国のチームの、そういう場面が、くり返し映し出されることは、まずない。だから視聴者の印象には残らない。
 「決定力不足は仕方がない」というつもりはない。コーチや選手が、シュートの決まらない原因を検討し、批判しあうことは必要である。ファンが意見を言うのも、また自由である。しかし感情的な非難ではなく、今後につながる建設的なものであってほしい。
 決定力のあるストライカーは、どうすれば見出せるか。このテーマは、別の機会に改めて取り上げてみたい。

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2006年6月20日 (火)

米国が見せた9人での戦い方(6/17)

6月17日(土)

米国 1対1 イタリア (カイザースラウテルン)

★奇妙な好試合
 米国対イタリアは「奇妙な好試合」だった。優勝候補イタリアの出来がよくない。主審は、きびしい判定で試合をぶちこわす。結果は引き分け。それでも、スタンドは最後までハラハラ、ドキドキして勝負を楽しんだ。ひどい内容を「好試合」にしたのは、強豪を相手に9人で持ちこたえた米国のがんばりだった。
 イタリアは引きぎみで守りを固めていた。これが奇妙である。いかに堅い守りからの逆襲がお家芸であるといっても、また第1戦で2対0でガーナから勝っているといっても、ここは積極的に勝負に出てベスト16進出を確実にしておくべきところである。
 米国は最初から攻勢だった。第1戦でチェコに0対3で完敗している。この試合に勝たなければ進出の望みは消える。
 守勢だったイタリアが22分に約40㍍のフリーキックを生かして先取点をあげる。しかし米国が27分に同点にする。ここまでは、まずまともな試合である。
 
★レイナを生かした守備策
 1対1になったあと、レッドカードの連発が始まった。まず、前半28分、イタリアのデ・ロッシ。ついで前半終了まぎわに米国のマステロー二。これで、お互いさまかと思ったら、続いて米国のポープが2枚目のイエローカードで退場。米国は守りのがんばり屋がいなくなった。
 後半は10人対9人。おもしろいと思ったのは、9人になった米国の布陣変更である。
 1人退場になった時点で、2トップを1トップにする。これは当然である。
 守備ラインの中心だったポープが退場になったので、中盤のコンヴェイに代えて、ベテランのDFコンラッドを起用する。守備ライン4人の穴は埋めないと守れないから、これも当然である。
 問題は中盤である。本来は4人配置しているところを3人でカバーしなければならないが、人数は少なくても攻めに重点を置く必要がある。勝たなければ、ベスト16への望みがなくなる立ち場だからである。

★レイナを攻守に活用
 米国は3人の中盤で攻守を組み立てなければならないことになると、レイナを中心にすえて、攻めを指揮するトップ下の役と、守りでチェックするボランチの役を兼ねさせた。
 レイナはイングランドのマンチェスター・シティでプレーしている32歳のベテランである。視野が広く、すばやく適切なパスを出す。攻撃の組み立て役として、これまでのところ、このワールドカップの中で抜群である。そのレイナが、守備ラインの前面に位置し、視野の広さ、読みのはやさ、センスのよさが、守りの面でも役に立つことを見せてくれた。
 米国は守りながらも、中盤からのすばやい進出でチャンスを作り、イタリアを何度もおびやかした。
 残り時間が少なくなってイタリアが総攻撃にかかるとスタンドから「U!、S!、A!」「U!、S!、A!」の大合唱が起きた。「あとわずかだ、がんばれ、がんばれ」である。サポーターの応援も適切だった。

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2006年6月19日 (月)

監督の用兵が勝負を決める(6/15)

6月15日(木)

イングランド 2対0トリニダード・トバゴ (ニュルンベルク)

★イングランドの決勝点
 イングランドの2戦目は、トリニダード・トバゴを相手に予想外の苦戦だった。得点は2対0だったが、イングランドが得点したのは後半38分、「引き分けじゃないか」と思ったころである。
 右サイド後方からベッカムがゴール前へあげた「放り込み」を、身長1㍍98のクラウチがヘディングで決めた。英国の新聞によると、クラウチは「ボールに合わせて走りこむ必要はなかった。ボールのほうが自分に合わせてきた」と話したという。それくらい正確なハイ・クロスを、単なる「放り込み」と表現するのは不適当かもしれない。しかし、イングランドは、むかしに変わらず、高いボールをゴール前に上げる攻めである。そして、なかなか成功しない。
 この日も、ベッカムはなんどもハイクロスを試みていた。それが、どたん場で、やっと成功したのだった。

★トリニダード・トバゴの守備作戦
 トリニダード・トバゴは徹底した守備作戦だった。トップに一人を残し、中盤の5人が下がって、守備網を厚くした。
 ベッカムには、左サイドのセオドールをぴったりつけてマークした。そのために、ベッカムは、流れの中では、思うようには正確なクロスをあげることができなかった。フリーキック、コーナーキックも全部、ベッカムが蹴ったが、これに対しては、トリニダード・トバゴは十分に対策を練習してきたようだった。
 イングランドのエリクソン監督は、後半13分にディフェンダーのギャラガーに代えて19歳の若手、レノンを出した。レノンは右サイド前方の位置に出て、ベッカムは後方に下がった。
 セオドールはベッカムにつきまとうことができなくなった。ついて出ると守備ラインに穴があく。そこで元気のいいレノンが動き回る。セオドールは、レノンに気をとられるようになり、ベッカムの自由度が増した。
 
★エリクソン監督の交代策的中
 ベッカムは、正確無比なハイ・クロスでクラウチのヘディングによるゴールを引き出した。それができたのは、相手に妨害されない立ち場で蹴ることができたからである。エリクソン監督の選手交代策は的中した。
 サッカーでは、試合が始まってしまうと監督にできる仕事は少ないと言われている。野球のように一つ一つのプレーを指示することはできないからである。しかし、今回のワールドカップでも、監督の作戦や用兵が勝負を決める試合がかなりある。
 トリニダード・トバゴの指揮は、経験豊富なオランダのベーンハッカー監督である。
 イングランドが、前半に強引なドリブルで突っ込んでくるのを見越して、引き気味の守備網でからめとり、決め手は「放り込み」しかないと読んで対策を立てていた。数少ないが、決定的な反撃のチャンスもあった。イングランドがなんとか勝てたのは、まったくベッカムのおかげだった。

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2006年6月17日 (土)

「東欧の速攻」は滅びたのか?(6/14)

6月14日(水)

ドイツ 1対0 ポーランド (ドルトムント)

★ポーランドのサッカーに注目
 開催国ドイツの人びとは、ドイツがいち早く、ベスト16進出を決めることを期待して盛り上がっていた。しかし、ぼくは相手のポーランドのほうに注目した。ポーランドは初戦でエクアドルに2対0で完敗している。テレビで見た限りでは、いいところがなかった。 過去にポーランドは、ワールドカップで2度、3位になっている
 1974年の西ドイツ大会では独特の逆襲速攻サッカーで進出した。このときは、出場16チームを4組に分けて1次リーグを行い、各組上位2チームにより2組の2次リーグをする方式だった。ポーランドは2次リーグの最終戦で西ドイツとあたるまで5戦全勝。守備ラインの激しい守りでボールを奪うと、すばやく最前線にボールを送り、ラトー、ガドハ、シャルマッハらが走り出た。1本ヤリを繰り出して突き刺すような速攻だった。それを当時、ぼくが「東欧の速攻」と名づけた、あの戦法は、もう通用しなくなったのだろうか。

★激しい守り、反則が命取り
 1974年の西ドイツ大会で、ポーランドは2次リーグB組の最終戦で地元ドイツに1対0で敗れた。豪雨でグラウンドが水浸しになって、ポーランドに不利な条件だった。そのあと西ドイツが優勝し、ポーランドは三位決定戦でブラジルに勝ったのだから、当時の「東欧の速攻」には世界一を争う実力が十分にあったわけである。
 今回のポーランドにも当時の「東欧の速攻」の面影は残っていた。激しい守りでボールを奪い、最前線のスモラレクを走らせる。それがドイツをおびやかした。
 しかし、32年前とは変わった部分も多い。守りのきびしさは段違いだった。ボールを持ったドイツの選手を数人がかりで囲い込み、一人が体当たりのように激しく当たる。そのために反則も多かった。後半30分ごろ、ソボレフスキーが2つ目のイエローカードで退場になった。これがポーランドの命取りとなった。

★ドイツはよくなりつつある
 ポーランドは第1戦に敗れているため、どうしても勝ちに出なくてはならない。守って引き分けは狙えない。だから、退場で10人になったのは痛かった。
 ドイツはロスタイムに入ってやっと決勝点をあげた。後半に交代出場した選手による得点だった。右のサイドバックに入った黒人のオドンコールが右サイドから通したボールに、33歳のノイビルが走りこんだ。相手が疲れた後半に、この2人を出してスピードで勝負する。それがクリンスマン監督の狙いのようだ。
 ドイツは苦戦したが、内容は悪くない。
 第1戦は欠場した中盤のバラックが復帰して、パスが通るようになった。守備は、第1戦でコスタリカに2点を取られて不安だったが、これも安定しつつあるように見えた。スピードと技術のバランスがいい。スピードを生かしながらも、攻め方に緩急がある。ドイツのサッカーのそういう特徴が勝ち進むにつれて整ってくるのではないか。

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フランスは復活するか(6/13)

6月13日(火)

フランス 0対0 スイス (シュツットガルト)

★8年前のスタイル、8歳の老化
 シュツットガルトへG組のフランス対スイスを見に行った。この試合の見どころは「フランスが優勝候補として復活するかどうか」である。
 フランスが優勝したのは8年前だった。次の2002年はジダンが開幕前にケガをして、さんざんだった。その後、ジダンをはじめ、ベテランの主力選手は、いったん代表チームから退いた。しかし、今大会の欧州予選で、フランスが敗退しそうになったのでジダンが復帰し、その力でドイツに姿を現すことができた。この一連のできごとは、ジダンの存在が、いかに大きいかを示している。
 フランスの戦いぶりのスタイルは、ジダン中心の8年前に戻っている。しかし、栄光の顔ぶれはそれぞれ8歳の年齢を加えている。ジダンは33歳。フランス大会に20歳で登場したアンリも28歳。第1戦のスイスとの試合に出た先発メンバーの平均年齢は29.8歳だった。
 
★ジダンはトップ下の王様
 攻撃はすべてジダンから始まっている。コーナーキックもフリーキックもスローインも、すべて自分でやる。「トップ下の王様」といいう感じで、ボールを集めて攻めを組み立てる。1回転して相手のマークをはずす個人技も見せる。遠くの味方を、あらかじめ見ていてサイドチェンジの長いパスを的確に出す。前線のアンリを走らせる。
 ジダンにボールが渡ろうとすると、アンリがすばやく走り出る。そのタイミングが絶妙である。ジダン中心の「栄光のフランス」はちゃんと生き残っている。ただし、100パーセントではない。部分的に良さを出すだけである。
 午後6時からの試合だが、シュツットガルトの競技場には、強烈な西日がまともに降り注いでフライパンの上のようだった。そのために、フランスのベテランたちは「全力プレー」ではなかった。後半のなかばごろから、ようやくフィールドの半分くらいが、半透明のスタンドの屋根の陰に覆われた。
 ジダンは、日陰の部分でプレーすることに専念しているようだった。
 
★ベスト16の試合がカギ
 相手のスイスは出場選手の平均年齢26.2歳。19歳のジュールーも交代して出た。フランスの最年少は23歳のリベリー。王様ジダンの左隣に位置して、王様に代わって走り回る役だった。ベテラン対若さの対戦。若い方は暑さの中でも挑戦者の意気込みで一生懸命走る。隣国でお互いに手の内は知り尽くしている。結果は0対0の引き分けだった。
 フランスにとって、引き分けは必ずしも悪くない。残る相手は韓国とトーゴ。この日の試合振りから見ても、フランスが調子をとりもどしてくれば、それほど難しい相手ではないだろう。問題は部分的にしか昔の面影を披露しなかったベテランが、100パーセントに戻っていくかどうかである。
 優勝を狙うチームは、第1戦から、ずべてをさらけ出すようなことはしないものである。この日のフランスの「手抜き」は、優勝を狙うためのスロースタートだったのかもしれない。あるいは、暑さのためだったかもしれない。そうであればいいが、老化のためだったのであれば楽観はできない。
 競合が出揃うベスト16の試合が、カギになるだろうと思った。

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2006年6月14日 (水)

日本の敗因を考える(6/12)

6月12日(月)

オーストラリア 3対1 日本 (カイザースラウテルン)
チェコ 3対0 米国 (ゲルゼンキルヘン)
イタリア 2対0 ガーナ (ハノーバー)

★午後3時のキックオフ
 朝の「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」紙にボブ・ヒューズ記者が「太陽が沈むとともに試合の質が上がる」と書いていた。これまでのところ、午後3時からの試合は暑さのために内容がよくない、午後6時、午後9時とキックオフの時間が遅くなるにつれて、いい試合になる、という趣旨である。
 日本のワールドカップ初戦、オーストラリアとの試合は午後3時キックオフ。暑さの影響をまともに受けた。
 雲ひとつない快晴で、真夏のようなかんかん照りである。ピッチ上の気温は35度くらいにはなっていただろう。
 日本の前半は、非常によかった。ひとりひとりの体調はよさそうだったし、気合も入っていた。中村俊輔を軸にパスの組み立てのコンビネーションはスムーズに回転していた。初戦にあわせた調整の仕上がりは、完全なように見えた。
 前半1対0とリードして、有利な展開である。
 ところが、後半はがらりとようすが変わった。原因は暑さである。
 
★歴史に残る? 大逆転負け
 後半は選手の足が、ぱったり止まった。まず柳沢、中田ヒデ、ついで俊輔である。前半に暑さのなかで動いて攻めを組み立てた影響が出たのだろう。それでもパスを組み立てて攻めようとしたが、パスを出したあと、鋭くは走れない。
 オーストラリアのほうも、ばてていた。パスの受け手が走ってくれないから、ボールをとった選手は、やむなくドリブルで突破しようとする。それを、疲労の色の濃い日本の守りが迎えうつ。個人対個人の争いの場面が多くなって、日本に不利な展開になった。
 それでも、守りの中心の宮本のカバーリングとGK川口の再三の好セービングで、リードを守り続けていたのだが、最後の5分あまりに一挙に崩れて3点を取られ、大逆転の敗北になった。
 宿舎のペンションのマスターが「最後の5分間に3失点とはね。フットボールでは、いろんなことが起きるんだよ」と慰めてくれた。
 この試合は、劇的な大逆転劇の一つとしてワールドカップの歴史に残るかもしれない。

★オーストラリアとの3つの違い
 同じ暑さが、なぜ日本に大きく影響し、オーストラリアに有利に働いたのだろうか? いろいろあるだろけど三つだけ考えてみた。
 第一は体力差である。体格がよく、筋肉の太いオストラリア選手のほうが、エネルギーをたくさん蓄えているからスタミナが続くのではないか。車体が大きいだけでなく燃料タンクも大きいのではないか?
 第二に、戦法、戦術の違いである。日本は、よく動いて組織的に攻守を組み立てる。そのために、脳の中でもエネルギーをたくさん使う。そのエネルギーが燃え尽きると一挙に集中力が切れる。オーストラリアは、日本にくらべると、攻め方が単純で個人の体格や技術に頼る面が大きい。そのためエネルギーの消費量が少ない。
 第三は両監督の交代策である。オーストラリアの3点をあげた2人はともに後半に交代出場した選手だった。疲れていない新戦力にボールを集めて打開を図った。
 日本は後半35分に柳沢に代えて小野を入れ、2点とられたあと、ほとんど残り時間のない時点で大黒を投入した。
 ヒディンク監督のほうは暑さの影響を考えて動き、ジーコ監督は戦術的交代をしたのだと思う。それが明暗を分けた。

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2006年6月12日 (月)

ワールドカップ開幕(6/9)

6月9日(金)
ドイツ 4対2 コスタリカ (ミュンヘン)
エクアドル 2対0 ポーランド (ゲルゼンキルヘン)

★河川敷のセキュリティ
 開幕試合をフランクフルトのパブリック・ビューイングで見た。マイン川のまん中に立っている巨大なスクリーンを両岸から見ることができる。二つの橋の間の河川敷を簡単な柵で区切って入場制限をしている。1万2千人収容ということだ。
 一帯の川沿い3キロにわたって仮設の舞台やテント屋台の食べ物屋が並び、午前中から、いろいろなイベントが行われている。
 昼過ぎまでは、イングランドとパラグアイのサポーターが目立ち、地元の人の数はそれほどではなかった。
 ところが午後3時の開場のころには、入り口は芋を洗うような大混雑である。行列に並んで入場するまでに1時間10分かかった。
 混雑の原因はセキュリティ・チェックだった。多くのドイツの若者がビール瓶をもって、ぐい飲みしている。その瓶を入り口で捨てさせる。それに時間がかかっていた。
 
★試合もビールも楽しむ
 飲み物を捨てて入場させても、柵の中ではまた、ビールを売っている。そこらあたりが、面白いというか、おかしい。
 午後6時のキックオフ。びっくりしたのは酔っ払っていても、試合が始まると大部分の人びとが、スクリーンに注目して熱心に試合を見ていたことだ。オフサイドの難しい場面が何度もあったが、よく理解していて、見当違いな地元びいきの非難は少ない。日本の一部のサポーターのように、ろくに試合を見ないで応援だけをしているようなのはいない。試合に関係なく、飲んだくれているのは約1割である。
 点の取り合いの末、ドイツが4対2でコスタリカを突き放すと、また「ドイッチェランド! ドイッチェランド!」のお祭り騒ぎになった。
 お祭りも楽しむ、試合も楽しむ、ビールも楽しむ。これがドイツ人のワールドカップなんだろう。

★ドイツの仕上がりに不安も
 ドイツ対コスタリカの試合は、開幕試合のおきまりのパターンになった。優勝候補は調子が十分でなく、挑戦者が健闘するという形である。しかし、点がたくさん入り、しかもドイツが先行したので、地元のサポーターにとっては、十分楽しめる試合だっただろう。
 ドイツの仕上がりぶりについては不安もある。早くも燃え上がっている部分があり、それが4ゴールに表われている。守りの連係は、まだ十分でなく、それが2失点に出ている。優勝をねらうには、仕上がりを急ぎすぎてはいけないが、地元ファンの期待がプレッシャーになっているから、あまり調子の悪い試合もしたくない。難しいところである。
 ポーランドは、南米3番手のエクアドルに予想外の敗戦だった。32年前の西ドイツ大会で生き生きとしていた「東欧の速攻」は、いまや時代遅れのようだ。

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2006年6月11日 (日)

ストライカーの決め手は判断力(6/8)

 テレビの「ユーロ・スポーツ」というチャンネルで、ほとんど1日中、ワールドカップがらみの番組を放映している。過去の大会の伝説的な得点場面がくり返し登場する。映画フィルム時代の映像も見ることもできる。それを見ていて「ストライカーの決め手は判断力だ」と思った。
 1958年スウェーデン大会で17
歳のペレが浮き球で相手の頭越しに抜いてシュートする場面。1986年メキシコ大会のマラドーナの5人抜き。最近ではロナウドの得点シーンなど。こういう場面をスローモーションにしたのを見てみると、ゴール前でのプレーの判断とタイミングが絶妙であることが分かる。
 ストライカーにとって、技術は絶対に必要である。筋肉の俊敏さも必要である。しかしワールドクラスのストライカーかどうかを分けるのは瞬時の判断力である。

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2006年6月10日 (土)

入場券は本当にないのか?(6/7)

 「入場券を持っているのか! いいねぇ」
 フランクフルト空港で、ドイツ人の入国管理係官に、友人がうらやまれたという。町にはイングランドのサポーターが、うろうろしているが「入場券を持っているのか?」と聞くと「ないよ」と答える。入場券が手に入らないまま、ドイツに来ているサポーターがたくさんいる。0606101w
 ワールドカップの取材は、今回で10回連続だが、これまでは「切符がない」と言われていても、ほとんど現地で手に入れることができた。1998年のフランス大会のときは準決勝の切符を、地下鉄を降りて競技場に行くまでの間に、ダフ屋から定価で買うことができた。ダフ屋は売れ残ると困るから、キックオフが近づくと売値を下げる。時には定価を割ることもある。
 ところが今回は、少なくとも、ドイツの試合とイングランドの試合については、入場券は、まったく手に入らないという。ドイツは地元だから、イングランドは遠征してくるサポーターが多いからである。
 しかし、そのほかの1次リーグの試合の切符がないのは「異常」だ。これは2002年から切符の売り方が変わったためだろう。各国のサッカー協会やスポンサーに大量に割り当てられたものが、消化しきれないでいても、市中に出回りにくい仕組みになっているからである。切符は余っているはずだ。それが、今後、どういいう形で出回ってくるのか。あるいは、姿をけしたまま売り切れなのに空席があるという状況になるのか。注目してみたいと思っている。 

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開幕は静かに迫っている(6/6)

  前日夕、フランクフルトに着き「ビバ!ハウス」で一夜を過ごした。0606093w_2「ビバ!ハウス」とは、仲間たちが勝手につけた名前で、ザクセンハウゼン地区の簡素なペンションだ。 ここに数部屋を借り、ぼくの主宰する「ビバ!サッカー研究会」の仲間たちが次つぎに訪ねてくることになっている。
 ペンションのオーナー兼管理人は元ボクシング選手。食堂に小さなトロフィーが飾ってある。「フェスタがあるぞ、無料だぞ」と行くように勧めてくれた。
 ペンションから歩いて10分、市の中心部を流れるマイン川の両岸の河川敷に3キロにわたって「ファン・フェスタ・2006FIFAワールドカップ」が3日から開かれている。テント屋台の記念グッズの店や食べ物屋が並び、音楽の演奏会や市民のスポーツイベントなどが組まれている。 0606092w_3
  川のまんなかに、パブリック・ビューイングのためのスクリーンが立ててある。太い 鉄パイプの杭を流れの中に打ち込み、その上に巨大な長方形の箱が載っている。水面から高さ4・5メートル。スクリーンの面積は144平方メートルということだ。ここで、9日から毎日、ワールドカップの全試合の映像を見ることができる。
 ドイツがワールドカップをどのように迎えようとしているかを、この壮大なフェスタの準備にうかがうことができるように思った。
 開幕前に日本から来て「あまり盛り上がっていない」とコメントしていた評論家がいた。でも、ドイツはドイツ流に静かに準備が進んでいるのだ。開幕はミュンヘンへ行かないで、フランクフルトで、ドイツの一般大衆とともに迎えることにした。

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マルタとの強化試合に意義はあった(6/5)

 ドイツへ向かう機中で、前夜、テレビで見た日本対マルタの試合について考えた。
 立ち上がり2分に玉田が1点入れただけ。攻め込みながら1対0のまま終わった。空港で買った新聞には「収穫なし」「超格下相手に無気力」と、きびしい見出しが並んでいる。
 しかし、ぼくの考えでは、この試合をした意味は充分あった。
 第一はコンディショニングの問題である。
 5日前には、ドイツと試合をして、2対2で引き分けている。この試合は、日本としては気合の入ったいいできだった。6月12日のオーストラリア戦に向けて仕上げていく途中、ここで一度、ピークを作る。そして強い相手との対戦を経験する。そこで体力、気力を使って疲れた状態でのマルタ戦である。できが悪いのは、ジーコ監督も承知の上だろう。ここで調子を落としておいて休養し再び仕上げていく。一つの常道ではないか?
 第二には、専守防衛の相手との試合を経験してみたことである。
 ドイツとの試合は、押し込んでくる相手を跳ね返して逆襲する試合の経験だった。マルタ戦は、下がって守る相手を押し込んで、どう点を取るかの試合である。結果としては、うまくいかなかったが、経験にはなった。
 それにしても、マルタのゴールキーパーはよかった。地中海の島国の超格下などと侮ってはいけない。

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