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2006年7月 4日 (火)

アフリカのサッカーを考える (6/27)

6月27日(火)

ブラジル 3対0 ガーナ (ドルトムント)

★ドイツで新聞を買う
 フランクフルトのペンションを本拠地に列車で各地の試合へ出かける。中央駅構内の書店で新聞を買う。それが日課である。
 まず「ビルト」を買う。品のよくない新聞で、かつて列車の中で広げていたら、隣に座っていた紳士から「そういう新聞は人前で読むものではない」と注意されたことがある。しかし、サッカーの記事は見やすく整理されている。文章のドイツ語は、どうせ理解できないので見やすいのがいい。ワールドカップのページだけ抜き出し、品の悪い部分は捨てて、紳士に注意されないようにしている。
 朝日新聞と日本経済新聞はロンドンで印刷されている衛星国際版を買うことができる。大会が始まってからは、日本人が増えたためか、売り切れで買い損なうことも多い。
 英語の新聞は、インターナショナル・ヘラルド・トリビューンを買う。ニューヨーク・タイムズ発行で欧州版はフランクフルトで印刷されている。簡潔にまとめられていて、英語が分かりやすいので助かる。
 そのほかに、ときどき「タイムズ」の国際版を買う。英国の大衆紙にはサッカーの記事は多いが、スター選手のゴシップのたぐいは参考にならないし、記事量が多くて読みきれない。それで高級紙を買うことにしている。高級紙といっても、現在の「タイムズ」は、タブロイド判でカラー写真もたくさん使って読みやすく編集されている。

★ガーナについての記事
 ブラジル対ガーナの試合当日の27日付「タイムズ」に、両国のサッカーの因縁についての記事が載っていた。
 ガーナは英国の植民地だったが、1960年代にブラジルのサッカーへの関心が高くなった。「ペレが断然、人気プレーヤーだった。それはペレが黒人だったからだ」というガーナ・チームのアシスタント・コーチの話が引用されている。
 「われわれは、4-2-4のシステムを採用し、ブラジル・スタイルにあこがれた」という。これを読んで、1958年ワールドカップでブラジルが優勝し、黒人のスーパースターが登場したことが、当時つぎつぎにヨーロッパの植民地支配から独立していたアフリカの国に影響を与え、サッカー以外の分野でも民族意識を刺激したのではないかと想像した。そうだとすれば、ぼくたちが考えていた以上に、ペレは世界に大きな影響を与えていたことになる。
 ガーナのサッカー協会は1967年にブラジルに「英語の話せるコーチを送ってくれ」と依頼した。それがガーナのサッカーの近代化のはじまりだった。
 この話は、非常におもしろいのだが、ここでは、これ以上の紹介は伏せておく。
 感心したのは、英国の新聞が試合の当日にチームや選手の話だけでなく、その国のサッカーの背景についての記事を1ページにわたって特集していることである。
 
★ガーナは「未来のブラジル}か?
 今回のガーナの監督はセルビア人のデュイコビッチである。「ブラジルの影響は受けていない。私はセルビアのやり方で指導している」と記者会見で述べたという。しかし、選手のプレーのスタイルは、ブラジルふうだった。がっしりとした体格の選手が多いが、足技はうまく体のこなしも巧みでボールをキープできる。この特徴を生かして伸びれば「未来のブラジル」ではないかと思った。
 攻めの組み立ては現代的である。2~3人の組み合わせで、短いパスをすばやくつないで攻め込み、シュートのチャンスを作る。これはセルビア仕込みではないかと推測した。この攻めで何度もいい形を作ったが最後の詰めが悪い。一瞬、フリーになりながら、もう一つパスをしたり、シュートをはずしたりする。チームとしては未完成である。
 アフリカ西海岸は、南米の黒人の祖先の国である。速筋性の体質でサッカーに向いている素材が多いのではないか。最近は若い素材がスカウトされてヨーロッパに行って活躍している。指導者もヨーロッパから来ている。いろいろな要素が、うまく組み合わされば、まだまだ伸びる余地は大きい。
 試合は開始4分にブラジルが先制し、前半終了まぎわに2点目。ガーナは後半残り10分に、守りの中心のギアンがシュミレーションで2枚目ののイエローカードをもらって退場。勝ち目はなかった。

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2006年7月 3日 (月)

カメラマンの戦い (6/26)

6月26日(月)

イタリア 1対0 オーストラリア (カイザースラウテルン)

★富越正秀さんの話
 フランクフルト中央駅で、カメラマンの富越正秀さんにばったり会った。カイザースラウテルン行きの列車まで時間があったので、駅の「DBラウンジ」で話を聞いた。
 今回はフィールドで撮影できるカメラマンの数が、きびしく制限されていて、グループリーグの段階でも取材許可の出ない試合が多いという。フィールドに降りて、ラインぎわで撮影できるカメラマンは 150人、スタンド上に設けられた場所から撮影できる者は45人で、それ以外はメディア・パスを持っていても、試合を見ることさえできない。
 試合ごとに取材登録の申請をするが、優先順位がある。ラウンド16の試合になってからは、日本のカメラマンは、ごく少数しか認められないという。ウェイティング・リストに載せてもらい当日、競技場に行って空きができたら認めてもらえることもある。以前から行われている方法だが、今回はとくにきびしくなり、あらかじめ組織員会から「ウェイティングでも認めないから、競技場に来ないように」とメールであらかじめ断ってくるそうだ。それでも出かけると、たまたま空きが出て入れることがあるから、ムダ足になることを承知で行ってみる。その手間と心労でほかの取材も、ほとんどできない。
 富越さんは、この日は取材許可もないし、仕事の整理もしたいので、休養日にしたということだった。
 
★優先順位の決め方
 カメラマン用のメディア・パスの日本への割り当ては40枚だった。ところが、そのほかにも、いろいろな名目で登録している者がいて、日本人カメラマンが 100人以上いるという。問題は制限の方法である。
 まず、国際通信社が最優先である。AP、ロイター、AFPなどである。今回は、このなかに日本の共同通信社が入っている。次に、その試合に出場している2つのチームの国と開催国ドイツのメディアが優先される。こういうように原則が決まっている。日本が敗退したあと、日本への割り当てが激減したのは当然である。
 各国のなかでの割り振りは、国によって事情が違う。その国のサッカー協会の意見が基礎になるだろう。日本の場合は時事通信社、FIFAの協力メディアの日本経済新聞、発行部数の多い全国紙の順位が高く、フリーランスは立ち場がきびしいだろうと想像した。
 富越さんは1974年の西ドイツ大会から、取材を続けているフリーランスである。国際的に活躍し、すぐれた作品を多く生み出している。著作もある。今回も複数の有力メディアに写真を提供している。ヨーロッパでは、こういう専門のフリーランスへの優先順位は高い。こういう人が撮影できないのは、サッカー界の損失である。メディア制限の方法は、FIFAとしても、日本サッカー協会としても考え直す必要がある。

★ヒディンク監督の存在感
 日本の第1戦のときは、同じカイザースラウテルンの会場で猛烈な暑さだったが、この日は気温23度、湿度57%。暑くはなかった。
 オーストラリアは、優勝候補のイタリアを最後まで苦しめた。前線と中盤の両翼の選手を大きく広げて配置し、イタリアの選手が分散するように仕向けていた。イタリアは、2~3人のコンビで短いパスをすばやくつなぎながら攻めあがるのが得意である。イタリアの選手同士の間隔を広げさせ、コンビによる逆襲速攻がしにくいように狙ったのではないかと想像した。立ち上がりから高いボールを大きくあげてイタリアに圧力をかけてイタリアを受け身にさせ、そのうえでドリブルによる攻め込みもまじえた。
 後半開始5分にイタリアのマテラッティが退場になった。そのとき、オーストラリアの選手2人が、水を飲むためにベンチ側のタッチラインへ行き、そこへヒディンク監督が出てなにごとか指示を与えていた。ヒディンク監督はベンチでどっしりと構えているかと思えば、要所要所で立ち上がって戦況を見ている。ポイントを押さえた指示をしているようすがうかがえた。監督の存在感はきわだっている。
 イタリアが10人になったあとは、イタリアが守りの形勢。0対0のまま延長寸前だったが、後半の追加時間(4分)に入ってから、イタリアがPKを得て辛勝した。

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イングランドの放り込み(6/25)

6月25日(日)

イングランド 1対0 エクアドル (シュツットガルト)

★「放り込み」は難しい
 日本のサッカーファンには「イングランドびいき」が多い。シュツットガルトでは、イングランドを応援に来ている日本人が目に付いた。話を聞くと、おおかたはイングランドが優勝できると信じている。他の国の試合を見たうえでの比較ではなく「イングランドのサッカーはいい」と信じこんでいるようである。
 グループ・リーグでのイングランドの戦い方は、結局のところ「放り込み」だった。ゴール前へ高いクロスを上げて、ヘディングをねらう。イングランド伝統の戦法である。
 ワールドカップ・クラスの試合では、単純な「放り込み」では、なかなか得点は生まれない。うまくいって90分間に1点だ。長年の取材経験から、ぼくは、そう信じている。守るほうも、たいていはセンターバックに長身選手がいる。ゴール前の競り合いなら迎え撃つほうが有利である。そのうえに手を伸ばせるゴールキーパーがいる。「放り込み」が成功する確率は低いはずである。それでも、「放り込み」はゴール前でスリリングは場面を作り出すから喜ぶ人が多いのではないかと思う。
 イングランドはグループ・リーグの3試合を「放り込み」で勝ち取った。3試合ともベッカムのおかげだった。
 スウェーデン人のエリクソン監督を迎えて「イングランドのサッカーは変わった」といわれているが、いざとなると伝統の「放り込み」は変わらないのではないか。
 
★苦肉のワントップ 
 イングランドは、南米3番手のエクアドルを相手に、1トップを試みた。オーエンは第3戦のスウェーデン戦でケガをして、すでに帰国している。第2戦のトリニダード・トバゴとの試合で得点した身長約2メートルのクラウチはベンチに置いて、トップはルーニーだけだった。エリクソン監督の狙いは「放り込み」に頼るのを防ごうという苦肉の策ではないかと憶測した。
 ルーニーが、後方からのパスにあわせて走り出る。そういう攻めも目立った。ルーニーが走り出るスピードは速い。しかしスピードが速いと正確さは落ちる。速さと正確さのバランスは難しいところだが、スピードに正確さがついていけないことも多かった。
 エクアドルは、引き気味の守りの網で、イングランドの速攻をからめとった。守りの態勢からの逆襲で、チャンスも何度もあった。中盤のメンデスから、いいパスが出た。イングランドは、激しい体当たりで防いだ。
 前半0対0で終わったあと、イングランドは長身のクラウチを出す準備をしていた。いざとなれば、多よりは「放り込み」である。
 そのときに、イングランドが1点をあげた。後半15分、左45度、約30メートルのフリーキックである。ベッカムのキックは、みごとなカーブを描いて、左ポストぎりぎりに入った。
 エリクソン監督は、準備させていたクラウチの交代出場を取りやめた。

★ベッカムにやられただけ
 エクアドルは、南米予選3位で出場権を得た。しかし、ワールドカップの実績から見れば、ほかにウルグアイやペルーがいて実力的に南米3番手とは必ずしもいえない。個人のテクニックや戦術能力はブラジル、アルゼンチンより一段、落ちる。それでも南米独特の足技を生かしたサッカーでいい試合をした。コロンビア人のフェルナンド・スアレス監督のチーム作りも成功しているようだった。フリーキックからベッカムの芸術的なキックで決勝点を奪われたが「イングランドに負けたんじゃない。ベッカムにやられただけ」と言いたいところだろう。
 イングランドのエリクソン監督は、前日の記者会見で「エクアドル戦の敵は暑さだ」と言い、英国の新聞はそれを引用して「ふつうに戦えば問題になる相手ではない」と、失礼なことを書いていた。しかし、普段着のサッカーをしたのはエクアドルのほうで、イングランドはリードしてから「遅延行為」で2人が警告を受けるなど、あまり立派な戦いぶりた言えなかった。
 暑さのほうは、気温31度と表示されていたが、フィールドは全面、屋根の日陰にはいっており、比較的しのぎやすかった。それでもベッカムは後半終了近くに交代して退くときぐっしょり汗をかいているようだった。体調が万全でないのかもしれない。 

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